2008年08月14日

世界遺産条約ができるまで

「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)は、どのようなきっかけで作られたのでしょうか?

きっかけは、1960年代のある開発でした。


1960年代に、エジプトのナイル川流域に「アスワン・ハイ・ダム」というダムを建設する計画がありましたが、このダムが完成してしまうと、「ヌビア遺跡」という遺跡がダムの底に沈んでしまうという問題がありました。

そこで、ユネスコが「ヌビア遺跡」を守るために、「ヌビア水没遺跡救済キャンペーン」を開始しました。

このキャンペーンにより、世界60ヶ国の援助によって、技術的な支援や、考古学調査の支援などが行われました。

結果、ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿の移築が行われる事になりましたが、これをきっかけとして歴史的価値のある遺跡や建築物、自然などを国際的に守っていこうという事になりました。

そして、1972年にユネスコのパリ本部で行われた第17回ユネスコ総会で、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立し、翌年の1973年に、アメリカ合衆国が第1番目に批准、締結しました。

その後、1975年には20ヶ国が条約締結し、正式に発効することになりました。

1978年には、アメリカのイエローストーンや、ガラパゴス諸島など12件(自然遺産4、文化遺産8)が第1号として世界遺産リストに登録されました。

【1978年に登録された世界遺産】

 ■自然遺産
   イエローストーン国立公園(アメリカ合衆国)
   ガラパゴス諸島(エクアドル)
   シミエン国立公園(エチオピア)
   ナハニ国立公園(カナダ)

 ■文化遺産
   アーヘン大聖堂(ドイツ)
   ヴィエリチカ岩塩坑(ポーランド)
   キト市街(エクアドル)
   クラクフ歴史地区(ポーランド)
   ゴレ島(セネガル)
   メサ・ヴェルデ(アメリカ合衆国)
   ラリベラの岩窟教会群(エチオピア)
   ランス・オ・メドー国定史跡(カナダ)

ちなみに、日本は、先進国では最後の1992年に世界遺産条約を批准し、その年の9月に125番目の加盟国となりました。

2008年現在、条約締約国は185ヶ国となっています。




posted by ゆきぢ at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界遺産とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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